生成AIが得意になったこと、まだ手が伸びていないこと
生成AIは、会議の議事録をまとめたり、複数の案のメリット・デメリットを箇条書きに整理したりするのが、この一、二年でかなり得意になった。資料の一次ドラフトを任せて、そこから人が肉付けするという使い方も、すでに珍しくない。
一方で、「会議の結論そのものを決める」役目までAIに渡した、という話はまだあまり聞かない。複数の部署の言い分がそれぞれに筋が通っていて、どちらか一方をそのまま採用すれば角が立つ——そういう場面の着地点づくりは、依然として人の仕事のままだ。
この違いはどこから来るのだろうか。「AIに仕事を奪われる/奪われない」という話は、職種や業界の単位で語られることが多い。しかし実際に代替が進んでいる場所とそうでない場所を見ていくと、境界線は職種名ではなく、もっと細かいタスクの性質に引かれているように見える。
「単純作業」と「曖昧な意思決定」を分ける境界線はどこにあるのか
ここで言う「単純作業」とは、インプットと手順がある程度決まっていて、進めれば一つの答えに収束する仕事を指す。議事録の文字起こし、定型フォーマットへの集計、既存資料をもとにした一次ドラフト作成などが当てはまる。
一方の「曖昧な意思決定」は、情報が出そろっていない段階で、複数の利害が対立する中から納得感のある着地点を作る仕事だ。ベンダ選定、経営層への説明、投資判断、部門間の調整といった場面がこれに近い。
同じ「企画職」「PMO」といった肩書きの中にも、この両方のタスクが混ざっている。だからこそ「この職種は危ない」という語り方は、実際の代替されやすさを言い当てられていないのではないか。
AIは、なぜ「曖昧な意思決定」をまだ任せられないのだろうか
「AIの精度が今後さらに上がれば、いずれ意思決定も任せられるのでは」という見方もあるだろう。ここで立ち止まって考えたいのは、任せられない理由が本当に「正解がわからないから」なのか、という点だ。
複数の選択肢のどれもが一理あるという状況でも、AIは優先順位をつけて一つを選び出すことはできる。判断材料を整理し、選択肢に順位をつける作業自体は、すでにかなり得意になっている。
問題はその先にある。曖昧な意思決定が難しいのは、答えを出すことそのものではなく、その答えに対して誰が責任を負うのかという点にあるのではないか。プロジェクトの責任者だけでなく、話し合いに加わった各部署の代表者にも、「自分はこう発言し、納得した上でこの結論に加わった」という当事者としての立場が生まれる。話し合い、納得し、その結果に責任を持つ——このプロセスに人が加わっていること自体が、決定の正当性を支えている。
AIがどれだけ精度の高い選択肢を提示できても、この「責任を分かち合う当事者」にはなれない。曖昧な意思決定が人の仕事であり続けるのは、正解を出す精度の問題ではないだろう。その結果を引き受ける人がいなければ組織が前に進めない、という意思決定の仕組みそのものに理由があるのではないか。
「代替されにくい仕事」に共通する場面を、もう少し具体的に見てみる
曖昧な意思決定が求められる場面を、もう少し具体的に挙げてみる。
ベンダ選定の場面
複数のベンダから提案を受けたとき、機能や価格の比較表はAIでも作れる。しかし「実績は少ないが柔軟に対応してくれそうなベンダ」と「実績は豊富だが融通が利きにくいベンダ」のどちらを選ぶかは、比較表の外側にある判断になることが多い。
経営層への説明・投資判断の場面
投資判断を経営層に説明する際、リスクの大きさを数値で示すことはできる。しかし「今このタイミングで踏み切るべきか」という判断には、社内の空気や過去の失敗の記憶といった要素が絡んでくる場面が多いのではないか。
部門間の板挟みになる場面
現場部門と情報システム部門で優先順位が食い違ったとき、どちらの言い分も一理あるまま、どこかで折り合いをつけなければならない。この「板挟みの中で着地点を作る」作業は、AIに要約や選択肢の整理を手伝わせることはできても、最終的な調整そのものを委ねるのは難しいのではないか。
それでも「自分は大丈夫」と言い切れない人もいるのではないか
ここまでの話は、すべての仕事に当てはまるわけではない。担当業務のほとんどが定型的な集計・確認作業で構成されている場合、代替の影響を受けやすいのは事実だろう。「曖昧な意思決定」という軸は、安心材料として使うためのものではなく、自分の仕事の中身を棚卸しするための物差しとして使うのが実際的だと思う。
同じ職種・同じ肩書きであっても、日々のタスクの中に「曖昧な意思決定」がどれだけ含まれているかは人によって差がある。まずはその比率を、自分自身で確認してみることから始められるのではないか。
「IT・AIがわかる」ことの先に、何を重ねられるだろうか
ここまでの内容をまとめると、AIはまだ、曖昧な社内の意思決定を任せることのできない存在だと言えそうだ。
この「まだ」は、AIの技術的な進化が遅れているという意味ではない。将来、責任の所在という問題そのものをAIが担えるようになる日が来るのかもしれないが、少なくとも今のところ、その兆しは見当たらない。だとすれば、当面この仕事は人が担い続けることになる。
IT・AIの仕組みを理解し、業務にどう組み込めるかを語れることは、これからますます重要になっていくはずだ。DX推進やITコンサルの現場でも、その知識はすでに一定の前提になりつつある。
ただ、知識を持つ人材が増えるほど、その知識だけでは差がつきにくくなっていく。差別化になるのは、むしろその先にある力ではないか。話し合いの場で自分の立場を説明し、他者の意見を聞き、納得の上で結論に加わり、その結果に責任を持つ力を、IT・AIの知識に重ねられるかどうかが問われる。
知識だけを持つ人材でもなく、調整力だけを持つ人材でもない。両方を併せ持ち、利害の異なる関係者の間に立って合意形成を担える人材こそ、これから価値の高いDX人材として扱われるようになっていくのかもしれない。
